2005-01-01から1年間の記事一覧

  ある秋の日の老婦人(8)

おばあさんの話は、さらに続く。 『主人が元気だったころは、二人で近くの海岸へ行き、主人が用意してくれたサンドイッチや紅茶を食べたり飲んだりしながら、一日中海を眺めて過ごした。 だが、それも、今は“楽しい思い出”になってしまった。 主人が亡くなっ…

  ある秋の日の老婦人(7)

それは、彼女との長話で、この国のお年寄りの生活ぶりが“かいま見えた”ことだ。 彼女によると、『二人の息子は、結婚と同時に独立して家を出て行った。家は、夫婦だけが住むには広すぎる上、経済的にも無駄が多いので、売り払って今のフラットに移った。若い…

  ある秋の日の老婦人(6)

実は、おばあさんの眺めている電車通りは、朝晩には大勢の人々のランニング・コ−ス? に変わる。一番恐ろしい心臓発作を防ぐために、彼らは毎日のように走るのだ。“生きるための駆け足”。そんな言葉も、この国にはある。おばあさんとの話に戻る。 「それはお…

  ある秋の日の老婦人(5)

「ところで、ここであなたは何をしておられるのですか?」 「私ですか? 別に何もしていませんよ。ご覧のように、ここに座って、道を通る人々や電車などを眺めているのです」 「寂しいからですか?」 「寂しいからですって? とんでもありません。こうして、…

  ある秋の日の老婦人(4)

おばあさんに近寄って、視線が合ったとたん、 「こんにちは! 今日はビュ−ティフルなお天気ですね」。彼女は、ほほえみながら話しかけてきた。“ビュ−ティフル”。この国の人々が好んで口にする言葉だ。お天気が晴れているとき、料理や飲み物がおいしいとき、…

  ある秋の日の老婦人(3)

昼食を済ませたあと、また机に向かって2通目の手紙を書き始める。 やっと書き終えてふと外を見ると、なんとおばあさんの姿が目に飛び込んできたではないか! 小柄な彼女は、塀にちょこんと座って、飽きもせずに人通りの少なくなった電車通りを眺めている。 …

  ある秋の日の老婦人(2)

真っ白な帽子と毛皮のコ−ト、黒い手袋、そして胸には真っ赤なバラが・・・。 顔見知りなのか、ショッピング・カ−を引いた人々が、このおばあさんに挨拶したり、話しかけたりすることもある。だが、あとの時間は、ただ“ぼんやり”としている。 「誰かと待ち合…

  ある秋の日の老婦人(1)

静かな秋の土曜日だった。日本の友人への手紙を書く手を休めて、窓から見える美しい紅葉に見とれていた。 シティ(市の中心街)から8キロの距離にあるこの辺りは、かつてはユダヤ人の居留地だったが、今では豪華な家が立ち並ぶ高級住宅地になっている。 ど…

  日本のドライバ−は“軽業師”(6)

個人の住宅だけではない。ス−パ−・マ−ケットや商店などの駐車場も、私から見れば中型車3台が楽に止められる場所に、たった2台分しか駐車スペ−スを取っていない。 唯一の例外は、オフィスの多いシティの駐車場で、ここでは“アクロバットのような”車の入れ方…

  日本のドライバ−は“軽業師”(5)

考えてみると、私がこんな不安を抱くのは、ジェフにとってはまったく迷惑だったに違いない。日本通のオ−ストラアリ人から、こんな冗談? を言われたことがある。 「日本の自動車学校では、“軽業師”を養成しているんだよね」 彼の目には、日本の自動車教習所…

  日本のドライバ−は“軽業師”(4)

我が家に向かう途中、ジェフが言った“セリフ”を今でも鮮明に覚えている。 「あなたは神経質すぎるんですよ・・・」 そこで、私は言い返した。 「ジェフ! あなたが免許を取ったのは何年前ですか?」 「そうねえ、もう20年は経ちますよ。車の運転を覚えたの…

  日本のドライバ−は“軽業師”(3)

「ジェフ! もうちょっと反対側にハンドルを切らないと」。教えてもらっているはずの私が大声で注意する。だが、車は“予想通り”敷石へ・・・。 「おかしいなあ。もう一度やってみます。今度はうまくいくと思いますよ」 だが、彼の言葉通りには行かず、また反…

  日本のドライバ−は“軽業師”(2)

そこには、車の幅よりも少し広い間隔で、二つの敷石が並んでいた。 「今度は、バックで車庫入れの練習をしたいんですが・・・。ハンドルを切る目標は、どの辺に置いたらいいの?」 「う−ん。まあ、好きなようにやってみたら? 声をかけてあげますから・・・…

  日本のドライバ−は“軽業師”(1)

「OK。じゃあ、あなたから車を買うことにしましょう! ただし、一つだけお願いがあるのですが・・・」 私は、車を買うに当たって、セ−ルス・マンのジェフに、ある「条件」を付けた。5年近くもハンドルを握っていない私は、いきなり新車を運転して路上に出る…

 「お喋り大好きの補足」のさらに続き

いつ「サヨナラ」を言おうかと苦労するのだが、当の郵便屋さんは、まったく「意に介せず」で、なかなかおしゃべりから“解放して”くれない。 その後、注意していると、“営業妨害”をしているのは私だけでないことが分かった。 かなり近いところから笛が聞こえ…

 「お喋り大好きの補足」の続きの続き

そういう日が続いた翌日は、かなり遠くで笛が鳴っても、待ち切れずに早くから郵便ポストの前に陣取ることになる。 「こんにちは!」 「こんにちは! フラット・アイト(8)の方でしたね。ええと・・・」 きちんと束ねてある郵便物から、我が家宛の分を取り…

 「お喋り大好きの補足」の続き

ヨ−ロッパ帰りの友人に全面降伏し、また、親しい知人たちにも片っ端から雑誌類を送ってくれるよう手紙で依頼した。 いつの間にか、日本からの手紙と同じぐらい、週刊誌の届くのが待ち遠しいものになっていた。 私のフラットの周辺では、帽子をかぶる人は少な…

  お喋り大好きの補足 

「週刊誌のことは、オレに任せてくれ!適当に送ってやるからな」 羽田(当時)に見送りに来てくれた友人の一人が、力強く宣言した。彼は、ヨ−ロッパに3年ほど滞在して、つい先日帰国したばかリだ。 「週刊誌なんかどうでもいいから、アルコ−ル(日本酒)の…

  メルボルン・カップの混雑(8)

白熱したレ−スがいよいよ頂点に達し、興奮した観衆がゴ−ル付近に殺到したからだ。 と言っても、ほんの一瞬の出来事。レ−スが終わると、元の平静な競馬場に戻っていた。 私は、日本の競馬場に行ったことがないので、何ともコメントできないが、ただ一つ言える…

  メルボルン・カップの混雑(7)

「そう言えば」と、私はある事を思い出した。ほんのちょっと私の体に触れた人から、「アイム・ソウリ−」という言葉が跳ね返ってきたことだ。「この国では、他人の体に触れるのは、大変失礼に当たる」と誰かに教えられたことがある。だから、乗り物の中でも、…

  メルボルン・カップの混雑(6)

日本のラッシュ・アワ−の感覚で言えば、車内は“がら空き状態”なのだ。それなのに、乗ろうとする人は、もういない。「行き先の違う電車を待っているのだろう」。単純に、そう思った。やがて、ドアが閉まり電車は動き出した。 「ホ−ムにずいぶん乗客が残ってい…

  メルボルン・カップの混雑(5)

東京の満員電車で鍛え抜かれた?私には、どう考えても今のホ−ムの状態が“込んでいる”とは思えないからだ。別に、行列ができているわけでもない。「身動きできない」どころか、前後左右、まったく他人に触れることなく自由に動けるのだ。 しばらくして、電車…

  メルボルン・カップの混雑(4)

車が走り出してからというもの、彼は「フレミントン競馬場は恐ろしく込むけれど、決して驚かないように」と、何度も私たちに話した。 その親友が、突然「予定を変更しよう」と言い出した。「車で競馬場に行くのはとても時間がかかるので、シティ(中心街)ま…

  メルボルン・カップの混雑(3)

オ−ストラリアでは、どこかへ出かけるときなど、家族全員で、あるいは夫婦単位で行動するのが普通だ。そういう常識を十分承知しているはずの親友の奥さんがご主人と別行動を取るというのは、正に“異例な出来事”だ。メルボルン・カップ・ディの人込みは、よほ…

  メルボルン・カップの混雑(2)

毎年11月の第一火曜日は、「メルボルン・カップ・ディ」だ。 「世界四大競馬」の一つで、1861年に開催されて以来、戦時中もとだえることなく続いている伝統のレ−スである。 この日、メルボルン郊外にあるフレミントン競馬場は、10万人の観客で賑わう…

  メルボルン・カップの混雑(1)

「それはそれは、ものすごい人が集まるのよ。どうして、あんなに人の込むところに行こうと言うの!」 「でも、わざわざ外国から来る人もたくさんいるというのに、せっかくメルボルンにいながらメルボルン・カップを見ないなんて、もったいないじゃないですか…

  トラム(路面電車)に乗る(9)

メルボルンの目抜き通りを歩いて、ウ゛ィクトリア朝風の古い建物と美しい緑の樹木を眺めていると、ヨ−ロッパの古い都市をぶらついているような錯覚に陥る。メルボルンは、風格のある落ち着いた街で、市の中心部を流れるヤラ川がいっそう風情あるものにしてい…

  トラム(路面電車)に乗る(8)

陽気なのは、何も車掌さんだけではない。運転士さんもまったく同じだ。 メルボルンでも、郊外となると日中のトラムの本数はぐっと減ってしまう。だから、一本逃すと、10分以上待たなければならない。この国の人々にとっての10分は、大したことではないの…

  トラム(路面電車)に乗る(7)

「チ−ン!」。誰かがひもを引いた。 「ああ、同じ駅で降りる乗客がいるんだ。よかった!」 すると、また「チ−ン!」 「一度合図したら止まってくれるはずなのに? さっきの音に気づかなかったのだろうか」 「チ−ン!」と、また一つ。電車は、スピ−ドをかなり…

  トラム(路面電車)に乗る(6)

実は、このベルのひもの「ひっぱり加減」には苦労した思い出がある。ピンと張ってあればともかく、ダラリと垂れ下がっているからだ。 後日、初めて自分の手でベルのひもに触れたときのことだ。恐る恐る引いたら、何の手応えもない。つまり、ベルは鳴らなかっ…