「山本康久氏の証言」から(1)


 あるパーティーの席で、当時、鹿島建設の常務をしておられた山本 康久氏とお会いする機会があった。
 驚いたことに、山本氏は、「シドニー港の攻撃に、直接参加された」という。
 話は尽きなかったので、「機会を見つけて、もう一度お会いしたい」と思っていたところ、後日、ご親切にも「貴重な資料」を送ってくださった。
 昭和41年12月に、「ロータリークラブで行った講演の速記録」で、タイトルは、「真珠湾シドニー攻撃と所感〜人なみの努力では人なみの結果しか得られない〜」というものだった。
 山本氏が真珠湾攻撃にも参加されたことを、このとき初めて知ったのだが、その「抜粋」を、ぜひ、ご紹介したい。
「豪邸」を引き払って、オーストラリアの内陸部に住まいを移した(避難した?)シドニー市民とは、あまりにも対照的な内容で、非常に興味深い・・・。