●「続・知らざる日豪関係」(83)

 〜中野不二男さんの「カウラの突撃ラッパ 零戦パイロットは なぜ死んだか」より〜


「そして調書の最後に、一九四二年四月二十一日と日付けが記され、ヘイ収容所司令官マクウィリアム陸軍少佐の署名があり、その左側の『戦争捕虜本人の署名』という欄に、漢字による『南忠男』の名前があった。
 これがオーストラリア公文書保管室に残る、いくつかの南の調書の中で、最初に漢字で書かれた署名である。
 楷書で、ややかなくぎ流であるうえに、英語のイタリック体のように右肩上がりの、かなりくせのある文字である。
 漢字の署名の下には、英語による署名もあるが、これもまったくくずしてはいない。
 ただ、アルファベットの大文字で、『MiNAMi TADAO』とある中で、なぜか『I』だけは小文字で『i』と書かれていた。」