●「続・知られざる日豪関係」(287)

 〜中野不二男さんの「カウラの突撃ラッパ 零戦パイロットは なぜ死んだか」より〜


靖国神社社務所が教えてくれたのは、『飛龍会』という、まさにそのものずばり、空母『飛龍』の帰還者らによってつくられている会だった。
 早速私は、飛龍会代表者である萬代久男氏に連絡をとり、取材の目的を説明し、協力をお願いした。
 かれは私の申し出に快く応じてくれ、それから数日後、私たちは東京・丸の内の、ある喫茶店で会った。
 萬代氏は『飛龍』の中では機関担当だったために、残念ながら豊島に関しては何も知らなかった。
 しかし、しばらくの間、ダーウィン空襲に向ったときの『飛龍』のことなどを話してくれたあと、
『これに豊島君のことが出ていますが』
 といって、かれは革鞄の中から一冊の薄い小冊子を取り出し、テーブルの上に置いた。」