無血の決闘

 

 
 オ−ストラリア人はユ−モア好きな国民だ。いつでもどこででも、人が集まりお喋りしているところでは、笑いがあふれている。けわしい目つきをした人をこの国で見つけようとするのは難しい。生まれついての楽天家揃いなのか。あるいは、与えられた人生を精一杯楽しく生きようとする人たちばかりなのであろうか。
 会話の最中には、ひっきりなしにジョ−クが飛び交う。
 この国民性は、今に始まったことではないようだ。
  
 ディモ−リンは、決闘相手の冷静な様子に気づいたとき、ふと我に返った。
 相手は目に笑みを浮かべている。まるでふだんと変わらないおだやかな表情だ。これから生命のやりとりをする人間とはとても思えない。
「何てバカなことをしちまったんだろう。相手のケネデイ閣下は、名うてのピストルの名手。それにひきかえ、自分はピストルの扱い方をなんとか知っている程度の腕前でしかない・・・。」
 彼は悔やんだ。「つまらない意地を張ったばかりに、勝ち目のない決闘をどうしてケネデイ閣下に挑んでしまったのか・・・。」
 1843年のある日。メルボルンの中心街のロンズデ−ル・ストリ−トとスペンサ−・ストリ−トが交わる辺りの広場は、大勢の見物人でごったがえしていた。
 決闘するのは、ギルバ−ト・ケネデイ閣下とジョ−ジ・ディモ−リン。
 両者は、介添役とともに、約束の時間に、きちんと命をやり取りする場に姿を現わしていた。
 両者は今静かに向かい合っている。
「この静けさは何だ。空がヤケに青くて目しみる。のどが渇く。胸が苦しい・・・。」
 ディモ−リンは、心の中で叫んでいた。
「打て!」
 非情にも、合図が下された。たちまち二丁のピストルが火を吹いた。
 一瞬立ちのぼる硝煙のかげから、両手で頭を抱えるディモ−リンの姿が現われた。
「私は死んでしまう。頭を打ち抜かれた!」
 ディモ−リンは、自分の手からしたたり落ちる真赤なものを見て、こううめくとバッタリと倒れてしまった。
「おれは、なんて哀れなやつなんだ。つまらない意地を張ったばかりに命を落とすなんて・・・。見物している人たちも、気の毒に思って同情してくれているだろう・・・。
 それにしても、人間が死んで行くってこんなものなんだろうか。なんの痛みも感じない・・・。」
 次の瞬間、彼が耳にしたのは、見物人の大きな笑い声だった。
 みんなが、腹を抱えて笑い転げている・・・。
「やつは死んじまうって言ってるぜ、アッハッハッハッ・・・。」
「とんまなやつだ。死のうたって死ねるものか、なあ、みんな!」
 この勝負は、最初から決まっていた。
 そこで、ケネデイ閣下は、ディモ−リンを無駄死にさせない方法を友人に相談し、ある「いたずら」をたくらんでいたのである。
 ディモ−リンのピストルには、空の薬きょうが、一方の閣下の“運命の一発”には、実弾の代わりにイチゴジャムが詰めてあったのだ。
 かくして、十九世紀のオ−ストラリア社会で笑いの渦をまき起こした“無血の決闘”は、あっけなく終わった。
ABCラジオより)