18歳までは幸せだった?(2)

子どもたちが夏休みなので、家族みんなで別荘で過ごしていた親友は前夜帰宅し、直ちに“男だけのパ−ティ−”の準備を始めた。あらかじめ買っておいた食材を使って料理に取りかかる。同時に、飲み物の用意やラウンジ・ル−ムのセッティングなど、お客を迎えるためのすべての準備を一人でやってのけるのだ。バタバタすることを嫌うオ−ストラリア人だが、彼は「盆と正月が一緒に来たような忙しさ」と闘っていた。それは建国記念日当日の夕方、お客が到着する直前まで続く。彼にとって、「1年中で一番忙しく、そしてこの上なく充実した時間」なのかもしれない。
 女房たちを交えない男だけのパ−ティ−。人を楽しませることが大好きな親友にとって、忙しさなど少しも苦にならないのだろう。後始末のことも考えれば、大変な労力を要するはずだ。性懲りもなく毎年開いているところをみると、“女房抜きのパ−ティ−”はよほど楽しいものに違いない。
それは、「バッチャラ−ズ・パ−ティ−」(独身男のパ−ティ−)と名づけられていることからも十分推測できる。もちろん、出席者の中に独身男など一人もいない。
 親友の家に着いたときには、すでに夜の9時を過ぎていた。幸いなことに、真夏とは思えない肌寒いほどの夜で、この国流に言うと「寒いときの飲み物であるウイスキ−がぴったり」の気候だった。
 私の登場でラウンジ・ル−ムが静かになったのは、ほんの一瞬だった。親友がみんなに私のことを紹介すると、
「よう、待ってたぞ」
「今、あんたのことを噂していたんだ」
「みんなでカンパイしよう」
「日本にカンパイ!オ−ストラリア・ディ、おめでとう!」
 けたたましいばかりの歓迎ぶりだ。電気店を経営している友人のほかに、馬の歯医者を兼ねている牧場主。印刷会社の社長。メルボルン大学経済学部の教授で親友の義理の弟。市議会議員で会社の経営者。証券会社に務めているサラリ−マン・・・。
 顔なじみの友人も何人かいる。彼らの表情は、何故かいつもより晴れやかに見えるのだが・・・。
 この日ばかリは、女どものご機嫌をうかがう、いやサ−ビスに気を遣う必要がないからか?(これは、日本人の私の独断と偏見・・・)。