何もかも「あべこべ」


「雨が降りそうですね」
「そうですね」
 彼女は無表情で答えた。同じフラットに住む若い奥さんである。メルボルンでは、夏場の一時期を除くと、本当によく雨が降る。私は、重ねて彼女に言った。
「天気予報では、大雨になるそうですよ」
「そうですか・・・」
 再び、そっけない言葉が返ってきた。パラパラではあったが、すでに雨は降っていた。だから、私はゴルフを途中であきらめて帰宅し、フラットの駐車場でどこかへ出かけようとする彼女に出会ったのだ。
 私は、たまりかねて言ってはならないことを口にした。
「今のうちに洗濯物を取り込んでおいた方がいいのではないでしょうか」
 この朝ゴルフに出かけるとき、下の部屋に住むこの新婚家庭の“ご亭主”が、「洗濯物がたまったので、出勤前に片づけようと思って・・・」と言いながら、共同の洗濯場へ入るのに出くわしていたのだ。
 物干し場は屋外にある。だから、放っておけばせっかく“ご亭主”が洗濯したものは当然ぬれてしまう。
 すると、彼女はこう答えた。
「ああ、それは主人がやりますから・・・」
 こう言い残すと、イタリア製の高級車をスタ−トさせて、小雨の降る街へ走り去って行った。
 洗濯物は、終日傘の骨のような形をした大きな鉄製の物干し場にかけられたままだった。
 翌日雨が上がり、風にさらされているうちに乾いたようで、夕方、勤め帰りのス−ツ姿の“ご亭主”が、よれよれの洗濯物を懸命に取り込んでいた。