● ホット・ミ−ル・サ−ビス  

 同じフラットの一階に、独り住まいの上品なおばあさんがいた。かなりの高齢で,
足を引きずるようにして歩く。そのせいか、彼女はどうしても家の中に引きこもることが多い。
 そんな彼女のところに、毎週水曜日、派出婦さんが部屋の掃除にやってくる。ほかの日は、直ぐ上の階に住む“医師の卵夫婦”が面倒を見ている。買い物から食事の世話、洗濯に至るまでだ。
 私たちは初めのころ、「医師の卵夫妻とこのおばあさんは、きっと親子なんだろう」と話していた。顔が似ているように思われたし(もっとも、当初は誰の顔も同じように見えたのだが)、大変親しくしている様子だったからだ。
 この白髪のおばあさんのところへは、実にいろいろな人々が訪ねてくる。しかも、長い時間話し相手になっている・・・。
 ある日、このおばあさんとバッタリ顔を合わせる機会があった。これ幸いとばかりに、日ごろの疑問?をぶつけてみた。
「ずいぶんお友達がいらっしゃるのですね。お宅の上の階に住んでいるご夫婦は、どちらが実のお子さんなのですか?」
「いいえ、親子ではありません。私の子どもはシドニ−にいます。それから、よく家に話に来てくれるのは私の知人ばかりではありません。奉仕団体から派遣される人たちもいます。年を取って体も丈夫ではないので、いろいろと面倒を見てもらっているのです・・・」。
 友人に確かめたところ、この人たちは「ホット・ミ−ル・サ−ビス(温かい食事をサ−ビスする)」という団体から派遣される「ごくふつうの家庭の主婦だ」という。彼女たちは、年間を通じてほんのわずかな報酬とおばあさんの家までのガソリン代を政府から支給されるとのこと。「見ず知らずのお年寄りの世話をするのも、当たり前のこと」なのだろうか?