サ−ビスへの気遣い(2)


 ガイド役を兼ねている船長が、別荘の一軒一軒について、その持ち主や価格、特徴などを懇切ていねいに説明する。船のスピ−ドは落としているものの、かなり長い説明が一軒一軒の敷地内でピタリと納まるのだから、別荘がいかに広大なものであるかご想像できると思う。
 突然、船長の説明に代わって、スピ−カ−から歌声が流れ始めた。周囲の建物に比べて、ひときわ華やかな別荘に差しかかったときのことだ。音楽に詳しくない私には、何という歌かは分からない。とにかく、船内と船外のスピ−カ−から、アルトだかソプラノだかの女性の歌が流されている。すると、その別荘から一人のご婦人が庭先に出てきて、船の乗客たちに向かって大きく手を振り始めた。乗客たちも、一斉に手を振ってこたえている。
 船長に尋ねると、この別荘の持ち主は、かつてのポップ・シンガ−で今は引退したミス・グラディス・モンクリ−フさん。曲名は、彼女のヒット曲「山の乙女」だとのこと。
 70歳を越えるかつての歌手は、一日に午前と午後の二回、別荘巡りの遊覧船の乗客のために、雨の日も風の日も庭に出て手を振るそうだ。これなどは、「サ−ビス精神の交換」ということか。