「オーストラリアを知らせる勝手連」(10)

 

 日本らしさがふんだんに残る新しい勤務先での生活にも、次第に慣れてきた。
「見るもの」「聞くもの」の一つ一つに「日本のすばらしさ」を再発見し、そのつど感動して、生きる自信を取り戻しかけたころ、私の書いたものは「形」となって、世に出た。
 オーストラリアで生活していて、戸惑ったことに遭遇するたびに、有り合わせの紙にメモしていたのだが、それが「一册の本」になったのだ。
 数日して、私の本は、街の本屋さんから姿を消していた。
 見知らぬ人から電話がかかるようになったのは、それからしばらく経ってからである。
 最初の電話は、私の住む街にある高校の先生からだった。