「オーストラリアを知らせる勝手連」(36)

 

「家族交流協会」は、大阪万博のとき、茂泉氏が宿泊場所に困っている人々のために、大阪の人たちに「旅の宿をお互いに提供し合いませんか」と呼びかけたのがきっかけとなって生まれた。
 今では、全国に3・300世帯の会員がいる。
 協会の発足10年の実績をひっ提げて、今度は国際交流にも乗り出そうということになり、まず「オーストラリアを選んだ」という。
 茂泉氏が私の職場に突然姿を現わしたのは、「10周年記念大会」からの帰途だった。
「豪日交流基金のドッヅ氏とお話ししたら、仙台には有名な豪キチがいる。
 彼に相談したらいかがですか」と言われて、私のもとを訪れたそうだ。