「山本康久氏の証言」から(27)

 

「前回の教訓」を生かして? 、このときは、「発進」させることなく彼を連れて帰り、「再挙」を図った。
 このように、開戦後、何度も攻撃する経験を積んでいたら、「故障した特潜を、無理に参戦させるようなことはなかった」と思う。
 真珠湾のときは、
「まだ、開戦前で、相手は気づかないだろう。
 だから、潜望鏡を出したままでも侵入できる」と判断し、酒巻少尉は出撃して行ったのだが・・・。
 真珠湾の入り口には、見張りに当たる「敵艦」がいた。
 だから、潜望鏡を下ろしたまま、言い換えれば「盲目状態」で突入するしかなかった。
 当然のように、酒巻艇が「湾内に入ること」は、不可能だった・・・。