●「続・知らざる日豪関係」(100)

 〜中野不二男さんの「カウラの突撃ラッパ 零戦パイロットは なぜ死んだか」より〜


「まだ三十代前半だろうか、奥さんが日本人だというパイパー氏は、ときどき日本語を混じえながら、機体に関する話をはじめた。
『あなたが捜しているのは、このゼロのことでしょう?』
 かれはいくつかのコピーを出した。
 一つは空軍情報将校A・J・某の報告書、つまり私が戦争記念館資料室で入手したものと同じものである。
 もう一つは、ダーウィンで発行されているタブロイド判の地方新聞『ザ・ニューズ』の、一九七七年十月四日付けのコピーだった。」