●「続・知らざる日豪関係」(251)

 〜中野不二男さんの「カウラの突撃ラッパ 零戦パイロットは なぜ死んだか」より〜


「森木氏は、あの二十代前半の事件へと思いを馳せていたのだろう。
 かれの頭の中には、当時の南忠男の表情や動作が浮かんでいたに違いない。
 私はそれが羨ましかった。南の表情を知りたかった。
 かれの話を聞きながら、私の中で南忠男がますますはっきりと映像化されつつも、肝心の『表情』が空白になっていることが、歯がゆくてたまらなかった。
 バスはやがて、牧草地帯から民家の並ぶカウラの町へと入って行った。
『道一本にパブ二軒』という人口三千の平凡な田舎町だったカウラは、あの暴動事件以来オーストラリア全土にその名を知られてはいるが、町そのものはさほど変ってはいない。
 一歩メインストリートからはずれると、そこは静かな住宅地と草原がひろがる典型的なオーストラリアの小さな町である。」