●「続・知られざる日豪関係」(322)

 〜中野不二男さんの「カウラの突撃ラッパ 零戦パイロットは なぜ死んだか」より〜


「やはり、ダーウィン零戦研究家ジョン・ハスレット氏のいうとおり、高射砲弾による被弾だったようである。
『御存知でしょうが、ダーウィンの飛行場というのは、半島のつけ根のところにありますね、ちょうど鳥取の飛行場のような地形です。
 あの日、われわれは北北西の方角から入り、次に機首を真西に向けて爆撃進路をとり飛行場上空へ行き、そこで攻撃したんです。
 高射砲の射撃がはじまったのは、飛行場に入る前ですが、艦爆隊が急降下したあとから、かなり激しくなりました。
 豊島君は、そのほとんど最初の頃にやられていました』
 飛行機隊の攻撃隊形というのは一番下の高度三千メートルほどのところに急降下爆撃を行う艦爆隊、その千メートル上に水平爆撃を行う艦攻隊、そして空中戦や地上銃撃で艦攻隊、艦爆隊を援護する戦闘機隊が、周囲を警戒しつつ一番上を飛ぶ。」