●「続・知られざる日豪関係」(343)

 〜中野不二男さんの「カウラの突撃ラッパ 零戦パイロットは なぜ死んだか」より〜


「前述の元海上自衛隊三等海佐小山富雄氏は、豊島機、そして豊島一飛の『最期』を私に話してくれたあと、こんなエピソードを披露してくれた。
『われわれがハワイ作戦(真珠湾攻撃)に向うときのことでした。
 十一月下旬、単冠湾(ヒトカップ=千島列島・エトロフ島)に連合艦隊が集結し、各艦の飛行機搭乗員は全員【赤城】の甲板に集合し、作戦任務を説明され訓示を受けたのですが、そのときに、第一航空艦隊航空参謀だった源田さん(当時少佐)が、『自爆はするな』といっていました。
 ええ、もちろん豊島君もそこにいて聞いていたはずです』」