●「続・知られざる日豪関係」(374)

 〜中野不二男さんの「カウラの突撃ラッパ 零戦パイロットは なぜ死んだか」より〜


「収容所外で行われる労役作業に出た作業班の捕虜らから、外部の地理などを聞き出したり、監視兵らの士気を探り出すなど、情報収集に励んでいたものと思われる。
 また、この間にもBコンパウンドへの新参捕虜の入所は続くわけだが、リーダーとしての南はそうした新参捕虜を迎えるたびに、『再びたつこともあるから』と言葉をかけていたことだろう。
 ただし、その言葉は日を追うにつれ、次第に具体性をおびたものになっていったに違いない。
 所内では南が計画などを文書にしたことはなかったようだが、これもうなずけないことはない。
 下手に文書などにしてしまえば、発覚の危険性は倍加する。
 計画の伝達は、常に口コミによるものだっただろう。」