●「続・知られざる日豪関係」(394)

 〜中野不二男さんの「カウラの突撃ラッパ 零戦パイロットは なぜ死んだか」より〜


「世話好き、面倒見がよい、という性格は高原氏のいう南忠男の人物像と一致している。
 家庭内においても、また家庭外の集団の中においても、かれには多分にこの世話好きという面があったようだ。
 収容所内のキャンプ・リーダーとして『主導権』を握ったのは、あるいはこうした性格の延長線上にあるものだったのだろうか。
 つい最近交通事故に遭い、大怪我をしたばかりだというツヤ子さんは、しかししっかりとした口調で語り続け、ひと言話すたびに当時のことが、鮮明度を増してゆくようだった。
 私がツヤ子さんの話に聞き入っていると、その間に昌三氏が家の奥から豊島一の写真や、遺品の類いを、応接間に運び込んできてくれた。」