●「続・知られざる日豪関係」(425)
千葉茂樹さんの「オーストラリアと私」〜和解する勇気 神父に感銘〜の続き。
「『戦中を知る世代の間では、複雑な対日感情があることに驚きました』
この訪問直後、奈良県内に長く住み、草の根の日豪交流に尽くしたオーストラリア人、故トニ・グリン神父の功績を知った。
戦中、日本軍はタイ ー ミャンマー(ビルマ)間に泰緬(たいめん)鉄道(注:映画『戦場にかける橋』の舞台となった)を建設。
工事に豪州軍の捕虜も動員され、過酷な環境で大勢が犠牲になった。
神父は戦後もこの『死の鉄道』が日豪間の遺恨になっていたことに心を痛めた。
そこで、豪州兵が戦利品に持ち帰った日本兵の軍刀70本以上を回収し、両国の『和解』を促した。
まだ白豪主義を掲げていた50年代末のことだ。」