●「続・知られざる日豪関係」(547)

「─ソロモン諜報戦─ 南太平洋の勇者たち ウォルター・ロード/秦 郁彦訳」より


「訳者あとがき」の続き


 また現住民を集めたゲリラ戦闘も実施されるようになり、この本で詳しく書かれているように、ニュージョージア島セギのドナルド・ケネディは、日本軍の小部隊を各所で奇襲全滅させている。
”処刑”された不時着パイロットをふくめ、監視員のゲリラ攻撃に倒れた日本軍の状況は戦史に記録されぬままに終っているが、相当な数になったものと推定される。
 戦後かなりたって明らかにされた一例は、セントジョージ島の悲劇である。
 歩兵第一二四連隊(岡部隊)は、ガ島奪回のためブーゲンビル島から舟艇機動で十七年九月八日エスペランス岬に上陸しているが、空襲で舟艇が沈んだため、あとから迎えにくると約束されて二十八人(一節には二十六人)の兵がイサベル島南岸のセントジョージ島に残った。