●「続・知られざる日豪関係」(566)

「─ソロモン諜報戦─ 南太平洋の勇者たち ウォルター・ロード/秦 郁彦訳」より


 ”ステーキと卵”の続き


 誰もがこの島を去ろうとしている時に、一人だけ到来客になるのは、マーティン・クレメンズと名乗るこの男をいい気分にさせたようだ。
 彼はドラマティックな感覚と人を魅きつける洗練された容貌の持主だった。
 ケンブリッジ大学の元ボート選手で貴族趣味の持主だったクレメンズが、植民省の若い見習官吏としてソロモン群島に来たのは一九三八年である。
 日本軍がハワイを攻撃したとき休暇でシドニーに行っていた彼はそくざにこれまでの平穏で退屈な生活が終ったと直感した。
 そして手持ちの一ポンド紙幣を二つに引き裂き、シドニーのフェリー・ボートの上から水中に放りこんだ。