●「続・知らざる日豪関係」(257)

 〜中野不二男さんの「カウラの突撃ラッパ 零戦パイロットは なぜ死んだか」より〜


「このときかれは、高知県の一病院事務局長森木勝でもなければカウラ会会長でもない、三十九年前の日本兵捕虜『木下義則』になっていたのに違いない。
 南忠男が偽名であったように、森木氏もまた『木下義則』という名の捕虜だったのだ。
『おっ、これは隣のハットにおったやつだ。ああ、こいつは野球がうまいやつだ。
 たしか私と同じ年のはずだ。ああ、この男もいる。
 こいつは面白いやつだ。いつも演芸会のおやま専門だ』
 私の耳にもかれのひとり言は聞えていた。
 多分かれの心の中で、墓標のアルファベットは、二十代前半の青春をともにした捕虜仲間の、表情と動作へと変っていたのだろう。」